大判例

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東京高等裁判所 昭和42年(く)4号 決定 1967年1月24日

少年 K・E(昭二三・九・一五生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、附添人山本栄則、同小林俊明、同高橋崇雄連名の抗告申立書および同申立補充書のとおりであるから、ここにこれを引用する。

所論は要するに、原決定には、決定に影響を及ぼすべき法令の違反、少年の要保護性に関する重大な事実の誤認、または処分の著しい不当があるのみならず、今や少年は、前非を悔い、向学心に燃え、従来関係していた○○挺身隊とも完全に手を切り、中途で退学した高校における学業をつづけるべく、直ちに岡山市所在神道○○教○○学院において、厳しい戒律規律のもとに寮生活を送るかたわら、同市の定時制高校に編入学する予定であるから、原決定を取り消し、事件を原裁判所に差し戻されて、真の更生の途を開かれたい、と主張するものである。

よつて案ずるに、少年審判の機能としては司法的なものと行政的なものとがあつて、それぞれ相反する原理に従うわけであるから、これをいかに調和せしめるかが、少年法運用上の根本問題であるが、およそ同法は、司法的なものを基盤としながらも、少年の健全な育成を期するという保護本来の目的上、むしろ本質的ともみられる行政的機能をできるだけ発揮することを意図しているもの、換言すれば、刑事裁判における司法的原理を底流として考慮しつつ、なお少年保護という政策的観点から、これを行政的原理によつて合目的的に修正しようとしているものと考えられるのである。そこで、この合目的的修正の観点からみて、たとえ犯罪としては至極軽微な事案であつても、当該犯罪少年の要保護性が高いと認められるような場合には、必ずしも所論のように同法二五条二項三号の補導委託による試験観察などを経るまでもなく、直ちに、しかも保護処分のうち最も重いと思われる同法二四条一項三号の少年院送致決定をすることも適法妥当な処分といわなければならない。この理は、現に未だ何らの罪も犯さず、ただ将来その虞のあるいわゆる虞犯少年の場合をとつて考えれば、自ら明らかであろう。ところで本件についてこれをみると、関係記録によれば、なるほど少年は僅かに手拳で一回人の顔面を殴打して暴行を加えたに止まるから、極めて軽微な犯罪には相違ないけれども、その要保護性が決して低いものでないことは正に原決定の判示するとおりであつて、原決定には所論のような事実誤認、法令違反ないし処分の不当は毫もなく、この際少年の健全な育成の万全を期するためには、これを矯正施設に収容する以外に途なきものと認められる。されば原決定の措置はまことに相当であつて、今更のごとくこれにおどろき、従来再三にわたる少年の非行にもかかわらず、ほとんど放任的ともいうべき態度で無為無策に過ごして来た保護者たる父K・Dが、今後別途少年に対し、所論のような対策を講ずることになつているという事情などを十分考慮に容れても、なお当裁判所において、原決定を取り消すべき必要を見出すことはできない。論旨はすべて採るを得ない。

よつて本件抗告は理由がないから、少年法三三条一項によりこれを棄却することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 関谷六郎 判事 内田武文 判事 補小林宣雄)

参考二

附添人の抗告申立書

少年 K・E

右の者に対する東京家庭裁判所昭和四一年少第一九九四一号暴行保護事件に対して昭和四一年一二月一九日東京家庭裁判所において、少年を中等少年院に送致する旨の決定の告知を受けたが、右決定は法令の違反および重大な事実の誤認並びに処分の著しい不当の理由が存するので右決定の取消を求めるべく抗告を申立てる。

尚抗告の理由の詳細については追而補充書をもつて明らかにする。

参考三

附添人の抗告申立補充書

第一点原決定は決定に影響をおよぼすべき重大な法令違背があるから破棄差戻さるべきである。

凡そ、少年法の目的とするところは少年法第一条記載の「少年の健全育成」であり、その対象たる審判に付さるべき非行少年とは第三条記載の犯罪少年、触法少年、虞犯少年であるが少年法は社会政策的要素即ちソシアルケースワークの一環を担当する合目的的面と刑事政策的伝統から刑事訴訟の特別法としての性格、即ち人権の保障、法的安全性の要求(例えば少年法第一七条第二号、第二〇条)の二面を備えているものである。

而も、旧少年法と異りその処分が司法裁判所である家庭裁判所に於て行われるものであることを忘れ、少年法運用解釈についてとかく不統一な見解と誤解が生じている。

即ち、少年保護事件と雖もその保護処分が人身の自由を拘束するような少年院送致決定の如き決定は少年法の合目的的要請にも拘らず憲法の人権の保障の精神からして必ず罪刑法定主義の基調が流れておらねばならず、その特に強い要請が少年法第二〇条の「罪質およびその情状に照して刑事処分を担当と認めるときは……」検察官送致決定すべきものとしたことであろう。

したがつて、犯罪少年に対し少年法第二四条の少年院送致の保護処分決定をする場合には、少年の犯した犯罪の大小、軽重を考慮することが当然の要請であつて、犯罪が極めて軽微であつても要保護性があれば少年院送致決定も当然許されるべきものではない。旧少年法が改正されるに際し特に社会政策的色彩の強い合目的性要素の大部分が児童福祉決に組入れられたことからもこのことは明白である。

翻つて、原決定摘示の「罪となるべき事実」を見るに「少年は昭和四一年一一月○○日午後一〇時三〇分頃、大田区○○×の×、喫茶店○ラ○ル内女給の応待態度のささいな点をとりあげマネージャー○木○雄(二六歳)に文句をつけ顔面を手拳で一回殴打して暴行を加えたものである」として罰条として刑法第二〇八条を摘示しているのであるが、およそ少年院送致決定をなす如き非行事実としては手拳で一回殴打する如き軽度の暴行事案を罪となるべき事実として摘示するが果して法の目的に添つたものか甚だしく疑問であり、原則として許さるべきものではない。

少年法と雖も法的安全性、罪刑法定主義の基調をその一面に持ち、それが又基本的人権保護の憲法の要請でもある以上、少年保護処分のうち最も重い処分である少年院送致決定の罪となるべき事実は犯罪の大小も相当に問題にさるべきである。成程、当少年は前にも軽微事案の前歴があり保護観察中のものであつたのであるが、かかる軽微事実を以て直ちに性急に少年院送致決定をなすこと自体もその合目的性から言つても妥当な決定とは言えない。またその合目的的対策からしても一時適当な施設、団体、個人に補導を委託する試験観察決定(少年法第二五条の処分)をなした上で保護処分を定めるのが相当であり法の要請でもある。

即ち、原決定は決定に影響をおよぼすべき重大な法令違背があるので到底維持さるべきではない。

第二点原決定は決定に影響をおよぼすべき重大な事実の誤認および処分の著しい不当があるから当然破棄差戻さるべきものである。

第一に少年保護事件に於ける「事実」は保護処分決定に摘示された「罪となる事実」に限定して解釈すべきかどうか疑問である。しかし、少年審判規則第三六条の規定の趣旨からして右は刑事訴訟に於ける罪となるべき事実を示していることは明白であるが、これは法的安全と人権保護の要請からくるものであつて、抗告理由に於ける「事実」とは罪となるべき事実以外の要保護性ある事実をも包含して考察して考えねばならぬことは少年事件か法的安全の要請の一面の他に合目的性の一面があることからして当然の要請であると考える次第である。

そこで、少年は暴行をした罪となるべき事実についてはその自白するところであるが、保護処分に於て中等少年院送致決定なすべき事実についての原裁判所の調査およびそれに対する判断について特にその要保護性についての事実誤認も事実誤認というべきである。

然して、原決定の要保護性として摘示するところは要約すると少年は○○新鋭隊などの不良右翼団体に加入し再三粗暴犯を犯し、昭和四〇年五月保護観察決定を受け、その後在宅試験観察の決定中間処分を受け後に不処分決定となりその都度裁判所に右翼団体と絶縁すると誓いながら一向に守らず定職につかず不良交友しているし保護者に保護能力もないので、少年の誓約も信用できないから施設に収容して反省と生活態度を改めさせる他はないと言うにある。

成程、少年は右翼団体の○○新鋭隊に現在加入している如き模様であるが、右は何等思想的なものがあるのではなく、単にトランペットが吹きたかつただけであるし、昭和四一年二月三日付、家庭裁判所調査官浅川道雄の調査報告書同年二月二日付世田谷区保護司○生住○郎の観察報告書によれば当時一時非常に真面目に働いており右団体とも手が切れていた事実が明白である。

然して、本記録を精査すると鑑別結査通知書によれば少年は知能指数が一一〇から一三九にして知能程度が可成り高く、環境調整により十分教育の可能性を示しており、心情質所見としては「知能に比すと内容は貧困であり、内省力に乏しい考え方が楽観的で単純であり家庭への愛情は問題がない」とされていて、何れも通常の方法にての矯正および教育可能の診断にして先天的な強暴性、粗暴性または爆発性が異常で通常の教育にては教育が不可能との診断は全然ない。綜合所見に於てもすべての問題点は後天的なもので、すべで矯正可能のものであり最近漸々落着いたようであるが勤労意欲は十分とは言えないとしている。

而して、昭和四〇年十月二〇日付東京保護観察所長から東京家庭裁判所への保護観察経過状況の報告を見ると○○挺身隊とは手が切れておらないから施設収容が適当という意見が出されておるがその後四か月後の昭和四一年二月二日付の前掲保護司の報告書および翌二月三日付の家庭裁判所調査官の報告書では見違るように変つて更生しており就職後満三か月無事に働いて仕事に対する態度も良好で交友関係も改善されていて不処分決定が相当であるとの意見が出されている。

これ等の資料を綜合して判断するに少年は少年院送致決定等という強い処分を加えなくとも適当な職業を与えるか、原業につかせ、○○挺進隊の友達のいないところに行けば容易に更生しうるしその可能性が十分にうかがわれる訳である。このことは昭和四一年一二月一六日付家庭裁判所調査官池田慶二郎の少年調査票の記載と矛盾するものではなく、却つて同調査官の処遇意見は本件少年調査記録をし細に検討した結論とは考えられず、その少年の建全育成に対する合目的性についての科学的検討を加えず単に○○挺身隊の分派である○○新鋭隊に少年がずるずるとまた復帰したのが本件非行の原因のすべてにしてこれが矯正は少年院送致より他はないと速断している。

原審家庭裁判所に於て今一歩の科学性とこの少年の更生について熱心さがあればかかる粗雑な結論は生じなかつたと確信する次第である。

即ち「右調査票の処遇には鑑別結果書に記載されている性格的問題点」とあるがかかる問題点は一般問題少年の建全育成に阻害となる如き問題点ではないこと前に詳細に述べた通りであり、且また右事実が昭和四一年二月の浅川家庭裁判所調査官の報告書によつて明白に証明されている。

凡そ、少年の処遇については思考錯誤的方法も、それが少年法自体が罰を目的とするものでない以上当然とられて然るべきであり、前掲の如き○○挺身隊と絶縁できる環境におき、就職または就学すれば容易に更生の事実を挙げうることは昭和四〇年一一月頃翌昭和四一年二月頃の例や鑑別結果によつても明白であり、原審は或はそれを求めて少年院送致決定をしたのかも知れぬが、それは論理の飛躍であり法の求めるところではない。即ちこの際少年に対しては東京都以外の所で学校に入学させるか就職させることによつてかかる問題は一挙に解決できるものであつてかかる判断と事実の誤認をなしているところに原決定の重大な誤があると言わねばならない。

第二に、少年をして○○挺身隊のたむろする東京都から遠方の地方に移住せしめて○○挺身隊と手を切らせれば少年の保護並に健全育成の目的が達せられるものをかかる軽微なる犯罪事案を以て直ちに少年院送致決定をした処分は著しき不当破棄さるべきものと言わねばならない。

少年法の合目的性、社会政策的面はあくまでも合理性、科学性を要求されるのであり、合目的的要求であるか故にこそ十分な調査検討と対策について最も最良の方策が選ばれねばならない。犯罪事案が軽く少年院送致決定をするについては苛酷の如き事案にして他に矯正可能の方策があればそれについて十分な研究と対策が保護者共々検討が加えられなければならない。この意味に於てこそ少年事件に調査制度がとられるのであり、その調査は過去の調査に終始せず対策の調査も十分に行われるべきことは当然の要請と言うべきである。

而して、その調査が期間的に十分行えないときは少年法第二五条による補導委託による試験観察をしながら環境の調整をすべきである。

凡そ、少年事件の処遇は、(1)素質的な面と、(2)環境的な面との二面から保護処分を考察すべきものであるところ、本少年には素質的な面にはさしたる障碍もないのであるから当然環境調整に最重点を置くべきで司法裁判所をしての事案の軽重と環境調整を考えるとき、当然此処に遠方の学校の入学、就職か最大最良の方策であり、少年をして希望を持たしめつつ更生せしめる唯一の途と言うべきである。

凡そ、教育には外部的強制も可成り重要であるが、教育されるものに、希望と意欲がなかつたならばそれは一時的な時間の経過と交友の遮断にすぎず、少年院より退院すれば再び不良交友する危険は十分にある。少年に就学の希望を持たせ内心より湧き出する更生の意欲をかきたたせてこそ、少年をして終生立派な社会人として更生しうる真の合目的的方策と言うべきである。

第三点少年の今後の対策

少年は○○商業高校一年(目黒区○○○×の○○○○)を中退しており本人も保護者もできうれば学業を継続して高校を卒業し、社会人として必要な学識と常識をつけ度いと考えており、特に少年は前非を悔いて過去の意思薄弱を悔い今や向学心に燃え定時制高校へ入学して学業を継続したいと言つており、幸いにして本件事件が起るや保護者たる父、K・Dは○○挺身隊と完全に手を切り学業を継続させるため、方々奔走したところ、精神修養をしながら学業を継続するのが一番良いとして岡山県岡山市○○○××所在、神道○○教○○学院の専修科に少年を入学せしめ寮生活によつて神道の厳しい日常生活を送りながら夜間岡山市の定時制高校に編入することができることになつた。○○教本庁○○教○○学院は岡山市より約四粁離れた郊外にあり居住は神道の寮生活にして規律正しく、日常は学科と実習が行なわれる為不良交友の虞は全然なく、勿論○○挺身隊なるものは岡山市には全然ないので従来の不良交友は完全に絶縁されるので環境の調整の実は十分に挙げうるものと確信するし、仮に少年の親に保護能力に欠けるところあるとするも、保護能力は神道の規律と戒律で十分補われるので全然心配する必要はない。且、夜間近辺の定時制高校に入学すれば少年に対し将来の人生の設計に対する希望が湧き、現在の当座の問題を糊塗するのではなく、少年の長い人生の設計更生の上からして最良至上の環境調整であり、これこそ少年法の求むる少年の健全育成にかなう方策であると確信する次第である。而して少年は保護観察中の身であるから岡山市に移転しても同地の保護司の観察保護を継続して受けることができるのであるから、一時の処分逃れの移転はできない訳である。

尤も、神道○○教○○学院の専修科は紹介によつて入学するのであり、開講期間は一月入学と七月入学の二回であるが開講前は寮生活をして奉仕と精神修養をさせられることになつている(添付書面参照)し、本部に常時五、六〇名の修養者がいるので単独行動は許されないことになつている。少年が再び放埓な生活態度に戻る危険は全然ない。

以上の次第であるので是非共原決定を破棄差戻下され、少年をして今一度真の更生の途を与えられるよう少年の一生の人生設計の為切に希望する次第である。

これが為、

保護者たる(父)K・D

少年 K・E(多摩少年院在院)

の訊問、

並に岡山市○○○××所在の、

○○教○○学院の出張調査を切に希望する次第である。

(添付書類)(編省略)

一、○○教専修科入学の手引

二、証明書

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